皆さんらんまんは。アズサイリです。
こんにちは。月崎杏乃です。
さて、『日本列島11000km旅行』、第5弾へまいりましょう。
このシリーズまだ続いてたのね。
すっかり更新遅くなってしまいましたサーセン。
今回は1泊2日で和歌山県高野山を観光していきます。いよいよ関西突入です。
そういえば、ここまで関西メインの行程って無かったね。
関西はすでに2回横切って(うち1回は挨拶がてらの寄り道)いる気がしますが、ここからが本番。
関西最南端ということで、個人的にはあまり馴染みのない和歌山県。自然豊かな山中に構える”聖地”をまったり観光していきます。
前回の四国制覇編の続きなので、全体の流れを知りたい方はこちら(→1ヶ月で国内を11000km移動した話(4)~四国4県旅行編(後半))へ。
それでは~、
和歌山県にしゅっぱ~~つ!!
徳島発 岡山経由 和歌山行き
さらば四国
3日間お世話になった徳島とも今日でお別れ。出張で奇跡的に訪問できたというほど、普段は滅多に訪れないところなだけあって、寂しかったですね。
いつかまた遊びに来るよ~
朝8時台に出発する特急うずしお号にて出発。今回は1日1本だけいる、徳島から岡山まで直通する便を使いました(うずしお6号)。
途中通る香川県最大の主要駅、高松駅に2分だけ停車。普段はよく来る高松ですが、今回は通り過ぎただけだったので、またじっくり訪問したいですね。
この人、昔は本当に年2回高松に来てたからなぁ…。関東民なのに。
3日ぶりの瀬戸大橋を渡って四国よいざさらば。
岡山駅に戻ってきました。余談ですが、特急列車の到着から新幹線(乗換先)の発車までわずか8分でした。移動想定時間8分のところを最短ルートで走らず5分で移動できた私えらい。
どうして岡山住んだことないのに岡山駅の構内図を把握してるのよ。
ちなみにこれを逃すと予定時間に間に合わないカツカツ行程だったので、マジで岡山駅の階段・改札の配置を覚えていて良かったなと思いました(小並感)。
皆さんはこんな限界行程組んじゃダメだよ。
ただいま関西
ただいま姫路!!!!!
ようやく帰ってきたね。
ということで兵庫県に戻ってきました。お世話になるのはまだ先ですが、相変わらず実家に帰ってきたかのような安心感があります。一度も関西に住んだことありませんが。
大阪ちゃろー。徳島からここまで4時間で来れるなんて、改めて思うとすごいですね。
ちなみにこの時、初めてたこ八さんでたこ焼きを食べました。あんな高頻度で大阪行ってるのに”初たこ八”だったなんてヤバすぎる(汗)。
あなた大阪行きすぎて「いつでも行けるからいっかぁ」状態になってたんでしょ。
まぁでも、”東京都民が東京バナナを滅多に食べない”とか、”福岡県民が博多通りもんを滅多に買わない”(どちも実体験)みたいな地元民あるあるってありますよね。
あなたそれ以前に大阪府民になったことないでしょ。
神聖なる地 和歌山高野山へ
大阪から南海電車で南下し、ここは和歌山県の橋本駅。なんだかんだ4年ぶりの和歌山県上陸なのですが、目的地はここから更に電車で登っていきます。
途中の極楽橋駅からは、急斜面を上るためにケーブルカーへ乗り換えます。ケーブルカーなんて、山間地へ観光に行かないとなかなかお目にかかれないですね。
先頭から見た斜面はこんな感じ。すごい傾斜ですね。
久しぶりにケーブルカー乗ったけど、相変わらずすごい角度ね…。
ということで到着しました。今回の目的地、高野山です。
一応補足だけど、読み方は『こうやさん』だよ。
標高867m、大阪駅付近が標高1m程度と考えると、かなり登ってきたものです。
高野山観光
さて、宿でお泊りして翌朝。高野山を観光していきます。
ただ、高野山は中心部の撮影ができないので、画像で紹介できるのは周辺だけになります。
大前提 そもそも高野山金剛峯寺とは
色々すっぽかしてきた気がしてなりませんが、そもそも高野山金剛峯寺をあまり知らない方も多いと思うので、軽く解説を。
社会(日本史)の授業で少し聞いたことあるくらいかな?
さて、高野山といえば金剛峯寺(こんごうぶじ)。平安時代初期に開かれた寺院で、真言宗を開いたことで知られる弘法大師(空海)がこの地で入定(≒永遠の瞑想)したことから、真言密教の聖地としても知られています。
高野山の特徴として特筆すべき点は、高野山という山全体が宗教都市であること(一山境内地)。100以上の寺院が密集していますが、山全体が寺の境内地とされています。
『紀伊山地の霊場と参詣道』という世界遺産の一部としても有名だね。
余談ですが、よく3文字目が『峯』か『峰』で表記揺れを起こすこのお寺。一応どちらも同じ漢字(異体字)なのでどちらで書いても間違ってはいません。ただ、寺号的には『金剛峯寺』の方が正しいんだそう。
奥之院
解説を長々としても面白くないので、基本情報だけ喋ってここからは観光していきます。
こちらは奥の院の入口。高野山二大聖地のひとつで、今もこの奥で弘法大師(空海)が生き続けているとされています。
奥の院に至るまでの参道は、大量の杉の木と、これまた大量の墓石と灯籠が並んでいます。『深閑とした空気』ととある記事で見かけましたが、まさにその表現が的を得ているほど、周囲がものすごく静かです。
奥に見える橋が『御廟橋(ごびょうばし)』と呼ばれ、あの橋を画像右側へ渡ると高野山奥之院へと続きます。ちなみにあの橋、1124年の時点で既に掛かっていたというんだから驚き。
900年前の橋とかさすが高野山ね…。
橋がかかる玉川も様々な伝説を持っていますが、それは別のお話。にしても、川の水がとにかくキレイ…。
三鈷の松
松の葉っぱです(唐突)。一見普通の松葉のように見えますが、高野山には葉先が3本に分かれた『三鈷の松』というものがあります。
親指の先端にある葉とか、まさに3本に分かれてるね。
え、マジ? 本当じゃん。
え、気づいてなかったの?
10分くらい血眼になって探して見当たらなかったので、再訪を願って今回は諦めたんですが、今写真を見返して気づきました。お前(←筆者)拾ってたんかい。
これくらいもっと細かく見なさいよ。
これ実際に探すと分かるんですが、葉が写真みたく束になってると案外見つけにくいんですよね。で、当たり前のように2本セットの葉も混在するので、より捜索難易度は増します。
ただ、あまりにも”灯台下暗し”をしていたことが判明してしまったので、書きながら相当ショックを受けています(涙)。
まぁ次回に期待だね。
持っていると必ずいいことが起こるのだそうで、今度こそ見つけに行きたいです。
総本山金剛峯寺
表門をくぐると、目の前に主殿(本坊)が構えています。一般的に『金剛峯寺』と言われたら、現在はこの総本山寺院のことを指します。
もともと山全体を『金剛峯寺』って言っていたそうね。
境内の広さは驚異の48295坪。敷地は東西60m、南北約70mと非常に大きいです。
場所は変わりますが、こちらは根本大塔。色の鮮やかさから、ぱっと見ここ100年前後の間に完成してそうな建造物ですが、これでも887年(816年~887年頃)に建立されたという、日本初の多宝塔様式(方形(屋根)に円筒形(≒建物の中心部)を重ねた建築様式)です。
両者とも建物の説明をまとめたいところですが、もはや歴史の勉強と化しそうなので知りたい方は現地へ行きましょう。
銘菓 みろく石
この日は朝6時から修行やらなんやらしてたので、午後にもなれば体力もヘロヘロ。
あなた雨も降ってたのにそこそこ元気だったでしょ。
めちゃくちゃ歩き回ってたはずなのにどうしてだろう(汗)。
それはそうと、最後に高野山の名物菓子を紹介。
かつて訪問手段が登山しかなかった時代。訪問客の疲れを癒すために、と宿坊で振る舞われていた(と伝わる)ものが、この『みろく石』というお饅頭です。
柔らかい生地に絡む粒あんがとにかく美味しいこと。お土産としてもオススメですが、現地で観光後に食べるのも更にオススメです。
また高野山行って食べに行きたいなぁ~。
いざ上洛
ということで高野山とはお別れ。またいつかじっくり観光しに来たいです。
ケーブルカーで下山し、帰り道は特急こうや号に乗ってなんばへ。
このあと大阪を経由し、京都へ向かいます。これで今月4回目の訪問ですね。
注意:一度も改札を降りていません。
さて、お隣の駅で例のあの人を拾います。
次回:いつメン大集合
ということで次回予告。
『はれアズゆばスケ』大集合
前年7月の特大イベントが再来します。お楽しみに。
(メンバーの詳細を知らない方はこちらの記事を参照 → ゆずソフト聖地巡礼旅 ~ 2023初夏の陣 (導入))
過去回はこちらから。
●全体概要:1ヶ月で国内を11000km移動した話(0)~導入編
●北陸遠征:(1)~新幹線を使わない北陸4県横断編
●東北遠征:(2)~日帰り秋田・新潟旅行編
●四国遠征1:(3)~四国4県制覇編(愛媛県)
●四国遠征2:(4)~四国4県制覇編(高知県・香川県)
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